大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和49年(わ)1号 決定 1980年11月19日

理由

一検察官は検乙一号証(以下本件メモ紙という)が伝聞法則の適用を受ける書面であるとすれば刑訴法三二一条一項三号或いは同法三二三条三号のいずれかにより、また仮りにそうでないとすれば証拠物たる書面としてその取調がなされるべきである旨主張する。

二ところで、本件メモ紙の記載内容を頭書被告事件(以下、本件という)において既に取調べた各証拠(以下、本件証拠という)、殊に本件の目撃者の供述や本件現場の状況を記載した実況見分調書等に照らし合わせると、本件メモ紙に記載されている図面には(説明の便宜上、同図面の記載されている紙面を表面といい、その裏を裏面という。)、本件事件現場となつた被害者沢山が事件当時通学していた自動車教習所とその周辺の建造物や公衆電話等の位置、そして長岡天神、神足、大山崎、京阪淀等の周辺地域との地理的関係等につき相当詳細且つ正確な記載がなされているばかりか、事件当時犯人らが犯行に使用したと思われる車が右自動車教習所の南側に位置する団地内に当時駐車されていたことが前示各証拠により認められるところ、右図面中にはそれに相当する印の記載も存する。また、本件メモ紙の表面に記載されている右図面以外の文言等の内、その一部(「Reportを書け」「6日以降毎日技能実習を受けていた。」「入院先を調べよ」「車やられた可能性」とある部分で、以下これを説明の便宜上余事部分という)を除く記載内容はいずれも本件犯行の手順や逃走方法に関するもので、しかも前示各証拠により認められる本件犯行の態様等とほぼ一致するのみならず、前示図面と対応して、事件現場から他へ連絡をするために必要な記載も存する。

そして、以上、いずれの部分についても雑然と記載されている反面、その内容は詳細且つ明確で本件犯行を容易に実行するに役立つものであることが明らかに認められる。

他方本件各証拠により認められる本件犯行の態様や事件前後の諸事情によると、本件は多数人による組織的犯行と認められ、しかもその実行に当つては事前にしかも相当周到な計画がなされたことが窺われ、これに前示本件メモ紙の記載内容と記載の仕方を合わせ綜合すると本件メモ紙は本件犯行の事前共謀に当つてその内容を明らかにするために、共謀に参加した者の内、本件メモ紙に記載をした者が複数人間でなされる計画の内容をその場において明らかにし、且つ具体化するために記載した書面であると認められる。

右の事は、本件メモ紙が前示のとおり本件犯行について極めて詳細な内容を具体的に記載し、本件犯行を実行するについて必要な事柄については周到な記載がなされているに反して、事件が発生した後でなければ判明し得ない(また事件発生後であれば確定が容易で当然記載を要求されるはずの)本事件の発生した地点についての記載が全くないことから見ても是認し得る(もつとも、本件メモ紙の具体的な作成者は特定し得ないが、本件証拠により認められる本件メモ紙の押収時における状況等からすると本件犯行を計画、実行した前示組織の者らによつて作成されたものと認められ、作成者の具体的な氏名等が判明しないことをもつて何んら前示認定を左右するものではない。)

三右のとおり、前示余事部分を除く本件メモ紙の表面の記載は、本件犯行についての事前の共謀に当つて、その計画の内容を具体化するため記載した書面であると認められるが、かような書面はその記載時における表意者の意思内容それ自体を具体化するものであつて、過去の経験的事実を記載するものではなく、伝聞法則上後者において問題とされる表意者の知覚、記憶、表現、叙述といつた各過程の正確性の内、知覚、記憶のそれは前者においては問題となり得ず、従つて、反対尋問によつてその点の正確性をテストされる必要がなく、その記載(表現、叙述)に真し性が認められる限りにおいて、本件メモ紙の右部分は伝聞法則の適用を受けない書面として証拠能力を有するものと解される。そしてその記載の真し性については、本件メモ紙の保管及び押収時の状況や、本件メモ紙が組織の内部でその組織活動の過程において作成されたこと、その他記載内容である計画そのものが現に実行に移されていること等から容易にこれを認めることができる。

四次に、本件メモ紙の表面の前示余事部分及び裏面の記載内容は前示のような計画に際し記載されたものではないことはそれ自体から明らかであるが、右部分についてその記載内容の真実性を要証事実とするのではなく、そのような記載のあること自体を右計画者らが本件に強い関心をよせていたという点で要証事実とする限りにおいてやはり伝聞法則の適用を受けないものと解される。

五以上のとおりであるから、本件メモ紙は書面の意義が問題となる証拠物たる書面であるが、伝聞法則の適用を受けない書面として結局その全べてを証拠として採用すべきものと解される。

(石田登良夫 山田賢 塩見久喜)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例